修羅場に遭遇した何年か前の話をひとつ。

夕飯も終わってダラダラしていたら中校生の子供が腹痛と嘔吐と下痢で具合が悪いと言い出した。

出るもんが出れば大丈夫だろうと様子をみていたが、良くなりそうもないので総合病院の救急外来を受診。

他の患者が居なかったので直ぐ診てもらえ、取りあえず点滴一本で様子をみてダメだったら入院ねと診察室の隅のベッドで点滴を始めた。


しばらくすると痛みも落ち着いたらしく子供は寝てしまった。

おっ、これなら入院しないで帰れるかなと思った矢先、救急車が入ってきた。

静まり返った部屋が急に慌しくなり緊張が走る。


患者は40歳代の男性で、車の中で女性と話をしている最中、急に様子がおかしくなったそう。

意識不明のうえ失禁、呼びかけに応答無しなのに何故か体を動かしているとか。

付き添いの女性が泣きながら訴えてる中、医者は冷静に対処してた。

カーテン一枚なので、顔は見えないけど良く聞こえる。

このあたりで子供の点滴が終わり、看護師さんを呼ぶも

「点滴かえますねー」

あれ? そうよね、あっちは大変だし、こっちはもう一本いっとくかーの流れなのかな。

更にカーテン越しに会話が聞こえてくる。

「失礼ですけどご家族の方ですか?」

「あの、会社の同僚です、、、、」 

あれやこれや話が続く。


患者の男性とは個人的な付き合いで、一緒に出かけようと車に乗り込んだあと異変が起こったらしい。

気が動転してるせいなのか冷静な医者の前だからなのか、付き添ってきた女性は実は同じ会社で不倫関係にあること等を詳しく話していた。

「非常に良くない状態なのでこれ以上はあなたにお話しすることができません。至急ご家族の方と連絡を取りたいのですが。」

病院側か女性か、どっちが連絡するかでもめてたようだったが結局、病院からではなく不倫相手の女性が家族に連絡しに行った。


その後、意識不明なのに暴れて危険だからと全員で検査に行ってしまい、診察室に子供と二人きりで残された。

もうすぐ小さい点滴が終わってしまう、でも誰もいない。

とりあえずロックの仕方は知ってたので点滴を止めて待つことに。

時計を見ると1時を過ぎていた。

子供はグーグー寝てるしこれで帰れるかなとぼんやり考えていたところへ検査から戻ってきたので、看護師さんに点滴が無くなったことを話す。

「点滴かえますねー」

そうよね、あっちは重態でry

医者はレントゲンの写真見ながら、他の医者に電話で相談してるらしく忙しそうだった。

不倫相手の女性もいないようだし、お茶でも買うかと自動販売機に行くと、パジャマに上着をひっかけた姿の奥さんと小学生くらいの子供二人が来るのが見えた。
こそこそとカーテン裏のベッドへ戻る私。

意識不明の夫を見て泣き崩れる奥さんと子供で診察室は一気に修羅場と化した。

医者は奥さんに状況を説明したあと、命にかかわる危険な状態で場合によっては手術だということ、会わせたい人がいたら連絡したほうがいいことを話していた。

奥さんの嗚咽、名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

もらい泣きしそうになりながらも何故か息を殺してしまう。


しばらくして、連絡を取りに外に出たらしい奥さんと、不倫相手との言い争いが聞こえてきた。

てっきり帰ったと思ってたけどまだいたらしい。

入院準備が出来たら病室から迎えが来るはずだけど、時間がかかっているようだった。

やっと来た入院の迎えに、一緒について行こうとする医者を看護師が捕まえてひそひそしてる。

やっぱり忘れられていたんだね。

そうよね、あっちは重態でry

これで帰れると思っている私に向かって医者は言った。

「だいぶ落ち着いているようなので、2・3日入院しましょうか」

せめて点滴一本終わった時点で言ってくれたらよかったのにと思うが、この状況では仕方がないと納得した。

カーテン越しに起こっている緊急事態の中、部外者の私がここに居たらマズイんじゃないかという思いで、身動きできず息を潜めていたので体がコチコチになった。

その後、その家族の話を聞く機会もなくどうなったのかは分からない。