かなり長いが、投下させていただきます。

幼い子供に対してかなり不快な表現があると思うから注意して欲しい。

俺は20代の時、子供が作れない体質だと診断された。

一生誰とも結婚しないつもりだったが、バツ1子持ちの女性と知り合い、数年の交際の後に結婚することになった。

彼女の連れ子は5歳だった。

ただ幸せに10年が過ぎていった。

15になり反抗期を迎えた娘は、露骨に自分を避け始めた。

洗濯物は一緒に洗うなと言われ、廊下ですれ違うと舌打ちされた。

その態度について叱ると、こう言われた。

「キモイんだよ!他人の癖に!本当の親じゃないくせに!」

死ぬほどショックだった。

結局そのときはすぐに妻が娘を叱り付けて収まったが、その時から元娘を叱ることが出来なくなった。

今から思うと、俺のその態度が元娘をさらに調子に乗らせたんだと思う。

それからしばらく経って、休みの日にリビングでぼんやりしていると、元娘と、遊びに来たらしい娘の友達がやってきた。

少女たちは俺を見た後、くすくすと笑いながらこう言った。

「Aちゃん(元娘)のお父さんってこの人?」

「お父さんなんかじゃないよ!血繋がってないし、一緒に洗濯物洗えとかいって来てキモイ」

「えー」

「いつもじろじろ見てくるし、すぐ怒るし、ほんと最悪。」

そして、元娘はこう言った

「あいつ子供が作れない体なんだよ。だからお母さんがボランティアで結婚してあげたの。あーあ!でもこんなウザイならお母さんとふたりのほうがよかった!」

今でも一字一句忘れられない言葉だ。

思わず泣き出してしまった自分を見て、元娘たちはヤバイと思ったの自室に引っ込んでしまった。

俺は泣いて、泣いて、泣いた後、元娘への愛情が一切残っていないことに気がついた。

それからは直ぐだった。

俺は元嫁に離婚を切り出した。

もちろん泣いて嫌がる元嫁だったが、元娘に言われた事を伝え、元娘がこんなに嫌がっているのだから一緒に暮らすべきではないこと、なによりもう彼女を娘として見るのは不可能なことを説明し、なんとか離婚になった。

泣きながらごめんなさいと連呼する元嫁を見ているのはとても辛かった。

まだお互い好き合っていたわけだし。

数年後、今日の事なんだけど、元娘から手紙が届いた。

本当はキモイなんてちっとも思っていないこと遺伝子上の父より、俺のことをお父さんと思っていること今でもお父さんが大好きなこともしよかったらまた一緒に暮らして欲しいこと分厚い便箋にはびっしりと謝罪の言葉が並んでいた。

俺の一生のトラウマになった言葉は、「かっこいいと思って、つい」言ってしまったらしい。

最後まで読めなかった。手紙は箱に入れて押入れに封印した。

元娘には怒りも憎しみもないけど、ただただどうでもいい。

十年間娘と思って愛し育ててきた義娘を、たった一回の幼い失言でここまでどうでもよく思える自分の本性を知って修羅場中。

本当の父親だったらうまくやれたんだろうな、俺は欠陥人間だからかなこんな自分が悲しい。